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とても強かった弱い人 

2月といへばアレですね。

NASCARのデイトナ500マイルレース。
鋼鉄製のフレームで骨組みされたシャシーに、厚さ10mmの鋼鉄のカウルを被った見た目セダンのマシン43台による伝統のレースですな。
一応300km/hは超えますよ?

最多のチャンピオン獲得はリチャード・ペティの7回です。
そして、それと並んだのがデイル・アーンハートです。
あだ名は”脅迫者”
予選下位からスタートしてもいつの間にか上位に食い込んできてました。
”アーンハート・ムービング”と呼ばれる走り方で、前走車の姿勢を乱れさせてパスする事から結構恐れられていましたな~。
ただし、コレは使う相手はさすがに選んでいたようですが(最悪クラッシュに繋がるので)

とにかく早い人でした。
いろんなレースで活躍してましたし。
チャンピオン獲得は7回ですが、それこそ2位とかポンポンとってましたし。
NASCARを見始めた中学生の頃は嫌いでした。
むしろ、デビューしたてのジェフ・ゴードンを応援してたかな。
ただ、ある事を知って応援するようになりました。

彼は確かにとんでもなく強かったですが、あるレースはどうしても勝てませんでした。
デイトナ・インターナショナル・スピードウェイでどうしても勝てませんでした。400マイルのナイトレースすら...
1年に2回デイトナでレースは行われますが、彼はそのデイトナを1回勝つまでに7回もチャンピオンに輝いてしまいました。
NASCAR発祥の地であるデイトナ500の勝利には特別な意味があります。
しかし、彼はどうしても勝てませんでした。

一回だけ勝ちましたが、あんな嬉しそうな顔をしたアーンハートは見たことがありません。
見てるこっちまで嬉しくなるような。


彼はまだまだチャンピオンを取れるドライバーでした。
あの前年もランキング2位でした。
その年、リチャード・ペティの記録を抜くんじゃないかと思っていました。8回もチャンピオンに輝くって凄いですよね~?

彼は息子の為にチームを作りました。
そこで息子のチームメイトとして走っているのはもうベテランでしたが、まだ勝った事がありませんでした。
スチュワートのマシンが宙を舞う大事故による混乱の後、そのベテランとアーンハートJr.、そしてアーンハートによる1-2-3体制でレースを周回。
最終200周目、1位を走る息子のチームメイトの為、2位を走る息子の為、彼は4位以下の集団のブロックに入りました。
第3ターンで追突された彼はバランスを崩し、290km/hでコンクリートの壁に激突しました。そのまま滑走する彼のマシンは最終ターンの出口を滑り落ちて行きました。


ファイナルラップ、残り800mの出来事でした。生中継でした。
デイトナは彼を歓迎しなかったようです。
最強のドライバーは、一度勝たせてもらっただけで、結局は命を落としてしまいました。

それから半年後、デイトナで行われた400マイルのナイトレース。
誰がその結果を想像できたか...
半年前、父が命を落としたそのサーキットで優勝したのは彼の息子でした。そして2位は、彼が命がけでブロックした事によって栄光のデイトナで優勝できたベテラン。

この後、彼が作ったDEIというチームは快進撃を続けました。

彼がNASCARに残してくれたものは大きいですが、失ったものも大きいです。
逆傾斜のカーナンバー3と、黒のグッドレンチサービスカラーは永久欠番になりました。
番号だけでなく、カラーリングまで封印された例は他に知らないですねぇ。NASCARは暫く猶予を与えましたが、チームメイトたちは自分達に彼の代わりは務まらないと分かっていましたし、チームもあえて強制する事はしませんでした。


あの事故からもう6年。
カーナンバー3番のシボレーのいないデイトナは寂しいものですねぇ。
例えそのサーキットで勝てない人だったとしても。

ただ、DEIの皆は頑張っています。
だから応援しています。
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